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葦笛コレクション Vol.3
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。


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 作品123                                                                                                2016.11
 
 カーテンの仕切る世界に近づける
イントロのような器具はこぶ音

重石胸にたどる帰り路 
ぺたんぺたんわが靴音の従きくるを聞く
 
                              百武 皐月(砂金

 自らもすぐれぬ体調に難渋しつつ、夫の闘病を気丈夫に見守っておられ
る作者の連作。そのおろそかならぬ作品は、手放しの詠嘆ではなく、さす
が確たる言語空間をつくっている。一首目、「カーテンの仕切る世界」と
いう把握は、具体イメージでありつつ、闘病者たちの「戦場」を象徴する。
異変に対する措置のために慌ただしく看護師が器材を積んだカートを運ん
でくる。そこに立ち会う緊迫感と不安を「イントロのような器具はこぶ音」
と、音に集中して表現している。
二首目。病院からの帰途における心ゆらぎを鋭く捉えている。重苦しい思
いを抱えつつ歩む帰り路、作者の意識はどこか茫然自失にちかい状態であろ
う。しかし、そのことに気付くいまひとりの誰かがいる。「ぺたんぺたん」
という靴音を醒めて聞きとめる「歌びと」が…。

  作品124                                             2016.12
 草むらに今朝目に沁みる青い色の
空の青より深き月草 
 
                            中川 左和子(砂金


 月草は露草の異名。月光を浴びて咲くという優雅な説に由来している。
蛍草・あお花などとも呼ばれる。この歌の眼目は、染料にも使われる月草
の花の青い色が今朝の空の色よりも「深い」という感興にある。しかし、
これを審美的な機知による見立てとして味わうだけでなく、空と月草に通
底するなにごとかを感じ取りたい。


 作品125                                                  2017.1
 
一瞬をとぎれた間合はかりいつ
虫の音すだく庭の静けさ 
 
                                                     畑中 千恵子(砂金


 庭の草むらから聞こえてくる虫の声にじっと耳を澄ませている。すると、
虫の音は間断なく続いているのではなく、一瞬止まり、その中断の間合を
諮っているかのごとく、再び聞こえてくることに気づいたのである。ひと
つの音を響かせることで逆に静けさを強調するという点で、芭蕉の「古池
や蛙飛び込む水の音」を彷彿とさせるが、虫の音の断続に気づくことで、
それを包む「静寂」そのものに触れる、その詩のリアリティに感じ入る。


 作品126                                                 2017.1
 
やわらかな月のひかりに洗われて
眠りておりぬ幾万の墓 
 
                                                     藤本 美智子(砂金


月明かりの墓地の情景であるが、作者が交感した別なる時間の気配が孕ま
れている。霊園の幾万にも及ぶ墓石に月光が差している、そのことを墓石の
立場から「やわらかな月のひかりに洗われて」と捉えたことが、詩の次元へ
の跳躍台となった。身体を洗うのは水であるが、魂を洗うのはおそらく光な
のだ。生死のけじめのない世界なのかも知れない。


  作品127                                                2017.1
 
日々新たな発見となる気が付けば
 ぎこちなく空気吸っているのだ 
 
                                                     鈴木 宏治(砂金


 日々是新という意味は、過去の経験によるリアクションではなく、新鮮
なこころで物事をレスポンスしたら、身めぐりの全てが日々新たな出会い
となるということである。とくに呼吸はいのちそのものの働きであるが、
人はそれを忘れている。忘れているから呼吸が続けられているとも言える。
作者はこの呼吸の逆説的な神秘に気づき、「ぎこちなく空気吸っている」と、
韜晦気味に納得するのだ。