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葦笛コレクション Vol.3
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。


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作 品106                                                    2013.12
  水溜りに空の高みの映りいて風過ぎゆけば
雲のとけゆく
 

                                                                   三浦 泰子 (砂金

    鏡に映る物の像は実体よりもその本質が如実に顕われるの かも知れない。水溜りに映る高く晴れ渡った空を発見し、雲 の移ろいを見定める。そのとき作 者は、虚ろな空の本質に触 れ、まるで自らのこころの空を見ているごときだ。水溜りに 映る空は、思考するマインドが動かない世界であり、それゆ
  えに内 面への眼差しに反転するからであろうか。



作品107                                                                                          2013.12
 千の鈴 万の鈴とも蝉しぐれ 
 しぐれゆく身の昭和はるけし


                       山本 信子(砂金



  中村草田男の俳句「降る雪や明治は遠くなりにけり」を彷
 彿とさせる。この作品の場合は、雪でなく蝉しぐれとの照応に
 おいて、昭和という激動の時代を生き抜いて来た過ぎ越し方を
 しみじみと述懐している。「千の鈴万の鈴」の形容は新鮮で美
 しい。そしてその鈴の音に浸透されることを「しぐれゆく身」
 と畳みかけた表現の妙に敬服する。

作品108                                      2013.12
 朝咲きてなほ萎るなき朝顔の雲低き白の
 たそがれを待つ
 

                       入江 知子(砂金



  一日花である朝顔。作者はその花のいのちを哀れとも残念
 とも言わず、淡々と見つめている。同じ源泉に根ざす人が花
 を見ることは花にエネルギーを放射することであり、同時に
 見られる花からエネルギーをうけとることだという説がある。
 分かち合いの世界。この作品にもその微細なエネルギーを感
 じる。また、「雲低き白のたそがれ」は白は、見えつつ見え
 ない世界の色のごときだ。