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葦笛コレクション Vol.3
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。


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作 品99                                                       2013.2
  言の葉のしづくのつぶて
一本の野の残菊をめぐりきらめく 

                                                                   谷井美惠子 (砂金

 具象でありつつ非具象の表現レベル。比喩とか象徴といった翻訳を拒む「感応の全体性・直接性」ともいうべき作者独自の詩の文体なのだ。いまもなお鮮しい 黄の色にひとり咲いている残菊。ここではそれはそのまま「歌びとの魂」なのである。そして、つぶてとなって魂を打つ「言の葉のしづく」が深い戦きをもたら す ものとなる。「言の葉」とは伝達を旨とした言葉ではなく、事物の面目を端的に示す「ことの端」である。存在の真実が開示される最前線。一本の残菊すなわち 歌び との魂は、いまこそ、その予兆に殺到されているのだと思う。



作品100                                                                                            2013.2
 地より湧き闇に溶け入る虫の声
 穢れ及ばぬこの世まだある


                       坂巻富美代(砂金



 この世の穢れ、その根本について改めて気づかせてくれる作
品。秋の真闇、いずこともなく地から湧き出るように虫の声が
満ち、透りわたる。虫の声は闇と分離することなく、闇そのも
のの一つの表れとなっているごときだ。なんという清ら、なん
という全体性であろう。「我」を立てる人間という者の錯雑さ
は微塵もない。作者はこれを「穢れ及ばぬ」本然の姿と頓悟し
ているのだ。

作品101                                      2013.2
 日の射して半透明のプラ容器 
 からっぽののもつ許容のひろさ 

                       宮崎ひろ子(砂金



 半透明のプラスチック容器に日が当たり、からっぽの中がこと
さらに目にとまる。そして直ちに「からっぽのもつ許容のひろさ」
という気づきにかられたのである。言うまでもなく、その気づき
は眼前の容器のことでありつつ、人間のこころの在り方に関わる
ことである。窓を開ければ光が入る。室内のガラクタを一掃すれ
ばさらに光が満ち、風が通りぬける。からっぽとは満ちることな
のだ。

作品102                                      2013.2
 前世よりの哀しみのごと
 いつぽんの朽たれ木は川に横たふ 

                       中川左和子(砂金


 海というみなもとに流れゆくこともなく、川のなかに朽たれ木
がそのまま形骸をさらして横たわっている。その様子は、無惨の
想いを通り越し、さらに抽象的な連想を誘う。作者はそれを「前
世よりの哀しみのごと」と捉えたのだ。あるがままのいまを凝視
する心が因縁という別の時間軸へうつる逆説。