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葦笛コレクション Vol.3
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。


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 作品128                                                                                         2016.12
 
 けいとうの花すたれ初め衿元を探るごと
風すぎて夕づく
 
                              坂巻富美代(砂金

鶏頭はすこぶる美麗であるが、どこか猥雑ないのちの滾りを思わせる。ま
してや老いを意識する身には露骨すぎる。そのような鶏頭の花が「すたれ初
む」のを見定めながら、作者は一種の安堵感をもって深みゆく秋を受け容れ
ているのではないだろうか。「衿元を探るごと過ぎる風」は、作者ならでは
感覚である。寂かな晩秋の小宇宙。

  作品129                                             2016.12
 束の間のさみしき息の量ほどに露店の風車
 ひとつ回りぬ 
 
                               近松 壮一(砂金


 神社の境内で行われている夏祭りの場面であろうか。露店の軒先に展示された
風車のひとつがゆくりなく回っている。そのわずかな動きを「束の間のさみしき
息の量ほどに」と捉えているのだが、この気づきはどこか目に見えている世界で
なく、目に見えない世界に触れている。「さみしき息」を吐いているのは、おそ
らくかつて夏祭りに連れ立っていた今は病床に伏す奥様なのかも知れない。


 作品130                                                   2016.12.
 哀しみでもなく怒りでもなく沈黙す
頭のてっぺんは寒し老いがいちにん  
 
                                                         倉本 薫子(砂金


 まぎれもなく独り身となった身めぐりを直視するその気迫に圧倒される。「哀
しみでもなく怒りでもなく沈黙す」というのは、哀しみや怒りという一種の自己
慰安・自己防御の域を超えて、孤独を受け容れている覚悟が如実に表れている。
その意識は感情表現の言葉ではなく、「頭のてっぺんは寒し」といった具象で示
されるしかないのだ。


 作品131                                                          2017.1
 
車より見下ろすわが里夕焼けて
見慣れし里も旅ゆくごとし 
 
                                                            堀 壽々子(砂金


おそらく山間の美しい村里なのであろう。日頃はその中に住んでいて改めて里の
全景を見ることはない。ところがなにかの折に車で里を見下ろす峠を通る機会を得
て、夕映えを浴びているわが里を一望したのだ。その際に抱いた感慨が「旅ゆくご
とし」、すなわち旅の途中で出会った見知らぬ里のごとしなのである。人生もまた
ふたたびはあらぬ旅のシーンの連続という感慨を寓意するごときだ。


  作品132                                                             2017.1
 
立冬の夜更けとどろと鳴りわたる
 雷ききてわが覚めてゐるなり 
 
                                                         安藤 昭司(砂金


 立冬の時節になると、自然はまだ秋色深いが日差しも弱まり、朝夕の冷えも覚え、
身も心も冬支度を意識し始める。そんな立冬の日の夜更け、天蓋に鳴り渡る雷鳴を臥
所でひとり聞いているとのこと。「雷聞きてわが覚めているなり」に作者の気迫がこ
もっている。「人生の冬」への覚悟なのかも知れない。