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葦笛コレクション Vol.2
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。

葦笛コレクションVol.3

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作品81                                    
   風絶えし梅雨ぞらのした枇杷の黄が
彈かむ
ばかりのあかるさを保つ

                                                          渡辺於兎男(歌集「雪あかり」から

 気象や視覚についての科学的な論拠は知ら
ないが、曇り空のもとのひかりは、快晴時のそれと比べて、むしろ明るさを感じるのではないか。それもどこか神経に触るような明るさ。そうした明るさのなかで、枇杷の実の黄が鮮やかさをさらに増していることに、於兎男は微かな痛痒を覚えているのである。おそらくその痛痒は、己れの不如意の身めぐりに対する鬱屈の思いと無縁ではない。


作品82                                   

 距離が見する空白さびし
 
 朝霧に立木は遠く近くに浮かぶ

                 渡辺於兎男(歌集「雪あかり」から

 朝霧にかすむ視野のなかに、幾本かの立木が見えている。ある
一木は遠くに、ある一木
は近くに浮かんで見える。それぞれの木
が一
本ずつ立ちつくすための距離、そのおのづからなる空白を於
兎男は「さびし」と歌う。お
そらくそこに、直立する人間と同じ
孤独の象
徴を見定めているのである。

作品83                                    
 
 おのづから積みし磧の石ありて

 おのおの朝の影しるく持つ

                 渡辺於兎男(歌集「雪あかり」から

 於兎男は、「写生を濾過した精神の象徴」といった言い方によっ
て、短歌の本質にある
「詩」を示そうとしていた。それは、対象と
の深い関わりのうちに、彼我のけじめを超え
た詩感というべき気づ
きの世界が作品に訪れ
るという信念であったろう。「おのおの朝の
影しるく持つ」という写生は、対象の分析・
判断ではなく、全体と
して受け容れる一体感
に基づいている。そして「おのづから」「お
のおの」と畳み掛けたのは、おのがじしの生
起そのものを荘厳する
意識のゆえであろう。