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葦笛コレクション Vol.2   
折にふれて感銘をうけた詩歌をご紹介しています。

葦笛コレクションVol.3

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作品75                                      2011.1.5
 
埋火の様にもちたる望郷の言葉も老いて  不要の文字とす
                        杉野伏美子砂金)
 故郷を離れて嫁ぎ、妻として母として生きてきた半生、それはさまざ まな悲喜こもごもの明け暮れである。そこにはかけがえのない「人生」 の重い意味がある。その身めぐりの中で、作者の心の奥には「埋火」の ごとく望郷の念が保持されていたに違いない。しかし、残生の思いのき わまりに、敢然と「望郷の言葉も老いて不要の文字とす」と、みずから に言い放つのである。これは悲観でも諦念でもない。むしろ、おのが人 生をまるごとうべなう悟りのごとき感懐ではないだろうか

作品76                                     2011.1.15
 
 石韻くごとき月夜を透り来る

 ひとつの虫の声ききてをり
                      安藤昭司(万象・砂金)

 情景としては、明るい月の夜、独りで虫の声を聞いているということな のだが、この作品のうちから張りつめた静けさが感じられてくる。作者の 観照の気迫といったものが、そこに貫かれているからだろう。上句の「石 韻(ひび)くごとき月夜を」は、酷薄なまでの月光にあまねく照らされた 地上のけはいを活写している。その空間から「透り来るひとつの虫の声」 は、客観対象でありつつ、なぜか象徴的な意味を持つごとくである。きき ているのは己が心の闇に鳴くなにかであろう。

作品77                                     2011.1.22
 
 野分きとは言葉さびしき

 胸ぬちの萩叢分けて風騒ぐなり
                          倉本 薫子砂金)
 野分(のわき)とは、雨を伴わず吹きぬける秋の強風を指す。野を吹き 分けるほどの風であり、野分の跡には秋草が倒れているといった哀切で荒
だ情景が見られる。作者はこの「野分」という言葉のもつ情感の世界に
いを馳せながら、ただちに自らのむなぬちに同然の野分にさらされるべ
事態を想起したのだ。うちなる萩叢を分ける風を敢然として受け容れる
己挑発めいた意思、それは不如意を生きぬこうとする意思でもあろうか。