消 息

 

こころとはべつやも知れず陽だまりのうちに息づく個といへるもの

 
苦楽にはかかはりなくもわが率ゆく影のみぎりの総身なりにき

 
独りてふ意思もたざるも影ほそく曳きて立ちをりにんげんも樹も

 
よしなきは矜恃と思ふ石段をのぼりつめ来し動悸のうちに

 
そこひなき餓ゑといふべし眠りゐつなほ両眼のうごくてふこと

 
木偶ひとつただよふ夢のみぎはより目覚めきにけりけふ花祭り

 
現し世の風にしたがひ散る木の葉つねに消息はあらはなりけれ

 
われを呼ぶこゑもまぎれむ滝を落つるみづ一心のきらめきのあひ

 
風花のながれ追ひゐてゆくりなくはなやぐこころ 行方あてなし

 
そのふかく旋律のごときものあらむこの蒼空と耳そこにもまた

 
朱を垂れて凌霄花のひろごりぬ欲望てふもかく明るしや

 
まがふなく己がいのちのけはひあり土壁に映る半身のかげ

 
ことごとく空を向くなりおのがじし花の咲くときひとの逝くとき

 
円環のたぐひなりけれわれ生きつ父母の死にたまひゐしこと

 
歩道橋わたらむとしてかろきかな生死もろとも運ぶこの身の

 
われもまた草のひとすぢ川面ゆく風のかたへにたたずみをれば

 
木洩れ陽のひそか燿ふまひるまのこころの果てを安堵といはむ

 
揺るることいのちなりけり菩提寺への光ほのめく坂にゆれをり

 
野原ゆく歩の急かれたり光とも風ともしれぬもの受くるゆゑ

 
花は花のよろこびもちて揺れゐたりひたぶる覚醒かくもありなむ

 
※「砂金」平成十年度詩情賞受賞作品



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