死 角 見るだけでは触るるだけではとどかざりこのいちりんの花の鼓動に 葉先よりしらつゆひとり零れたりとこしへひらく朝の光へ みちのべに木槿の花のうかびをり来し方ゆくへ問ふべくもなく おほかたは眩しさのなか潜みたりいのちなるもの異形なるもの 朝風にまむかひをれば身ぬちより圧しくるちからわがものならず 譬ふれば耳のうしろに射すひかり死角のうちのまなざしてふは 恍惚といふべきならむ中空をただよふ雲のあてどなきこと いづこともなき郷愁のきざしをり清らつくせし空の青さに おのが名を呼ばれしけはひに見あぐれば梢それぞれにさやぎてゐたり 脈絡はすでにたどれず坂なかば忸怩となりて歩のとまりけり 石段をのぼらむとしてためらひぬ半生をなにに備へきたるや 立ちどまれば即ちかたへをとほりゆく白き風あり やがて身ぬちを あきかぜの熄みしすきまを過ぎゆくは鉦叩のこゑ黄泉びとのかげ をりをりの死角のおもてに刺さりたる傷痕ならむ歌といふもの 蒼穹の鏡のごとき謐けさに身のうちたれかみじろがむとす とほき世にはぐれしままの己が貌ふゆの鏡のむかうにあらむ 充たされし己れにかへるときあらば己れのかげもなき真昼なれ 冬麗のこの空たしか変わらざり鳥のむくろに触れし彼の日と いきもののけはひとだゆる空の奥かつて発ちたる鳥のゆくへも いちまいの白布そらをながれをり今生のなごり尽きたるさまに 柿の実とひとしき色に染まりゆく夕べのこころ喪ごころなりぬ この身こそ穢土にしあらむうちふかく黒き林檎をはぐくみきたる 引潮のちからになびく海の藻のゆれに入りゆく眠りなりけり 三叉路をひだりに折れし歩みなりそびらにあらた死角の生れて 石庭のごときくうかんひらかれむ夢見はてたる生のむかうに 「砂金」2006 1月号 第47回砂金賞受賞者作品 |
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