詩歌鑑賞A


いま・此処の癒し●田中敏弘詩集『夕焼けをあび』から

      
   詩集「夕焼けをあび」の著者・田中敏弘氏は、私の大学時代の恩師。  関西学院大学の経済学部長・図書館長を歴任、昨春の退職後は同大学の  名誉教授となっておられます。経済学者である著者が詩作を再開された  のは、あの阪神・淡路大震災の被災が契機でした。もともと八木重吉の  詩を愛好し、学問の道に入られる前は詩作されていたこともあり、被災  体験の中から詩想が奔出してきたのです。その折の詩編は「びんびんと  ひびいていこう」という処女詩集にまとめられています。昨年11月発行  の本詩集は、三年を経た第二詩集ということになります。  いのちの流れを見る覚醒意識  ここには55篇の抒情詩が纂められています。概ね平易な散文脈による  表現であり、それらの詩想は、とくにキリスト者としての立場から同伴  者イエス、そして同伴者八木重吉に対するダイアログが基調となってい  ます。しかし、その「詩」への穿ちは、当然、高い普遍へと昇華され、  キリスト者の思念の枠を越えて私たちに迫ります。  ちさな こころの  揺れ動きに  こころ たかまり  また しずもりゆく  時に逆らわず  心の揺れに生きるひと  そのひとは幸いだ  そのひとは  天と地とひとを知るから  そのひとは  いのちの みなもとに  つながっているから (「やすらぎ」)   この詩句は、作者の心のいずまいを宣明しています。「ちさなこころ  の揺れ動き」を全面的に肯定するスタンス。それは「時に逆らわず心の  揺れに生きる」ことが、「いのちのみなもとにつながる」ことであると  いう、なにものかへの深い信頼に基づいているようです。この全幅の委  ねの思いは、どこから来ているのか。それは、被災体験を端緒として、  さらに深まった『いま・此処に生きて在る』ことへの感謝の思い、おの  のきに満ちた覚醒意識だと思います。  昨日の夢を拒絶し  今日の夢をしりぞけ  明日の夢を乗り越えて  雲に乗り  あの大空に  流れていきたい  (「夢」)  『いま・此処に生きて在る』ことに覚醒する詩人には、昨日の夢も明  日の夢も要らない。今日の夢さえもしりぞける。ただ、願わくば「あの  大空に流れて」いくことなのでしょう。こうした自足の思いの中で、作  者は、日常のささやかな邂逅にも「いのちの流れ」を感じる。  今日 はじめて雉子をみた  心がおどった  バス停への道   雑木林のなかに  かしらが紅くかがやいていた  今日一日がこうして始まる  これでいい これでいい  これでもう 十分過ぎる一日だ  今日 林の奥に  いのちの流れるのをみた  (「いのちの流れるところ」)  郷愁がそのまま「いま」に蘇るいのちの時間                 「十分過ぎる一日」を生きる作者に、いまは亡き母君に対する思い出  さえもが「いま・此処に」いきいきと蘇る。以下「わたぼうし」全篇。  そっと やさしく 吹いてみた  五月の空に 翔んでいく  たんぽぽの綿帽子 落下傘のように  ふわりと 翔んでいく  原っぱで 母に  はじめて 教えてもらった  あの時の感動を想う  子供の夢が  空いっぱいに ひろがっていく  ふっと吹いてみせてくれた  母の姿が 懐かしい  母のまえで もういちど   上手に吹いて 褒められたい  そして あの原っぱを  力いっぱい 駈けていきたい  あのわたぼうし  どこへ 落ちたのだろう  今 このわたぼうしは   どうして あのときの  わたぼうしでは ないのだろう  わたぼうしよ 翔べもういちど  もういちど どこまでも  遠く  あの大空の かなたへ  七十歳を越えて、あるいはそれゆえにこのような無垢な郷愁を響かせ  る詩人に、私は一種の憧れの思いをもちます。「母のまえで もういち  ど 上手に吹いて 褒められたい」という願い、そして「あの原っぱを  力いっぱい 駈けていきたい」といういのちの昂りの清洌さは、まぶし  いばかりです。作者は「今 このわたぼうしは どうして あのときの  わたぼうしでは ないのだろう」と自問しています。しかし、作者には  わかっているのだと思います。おそらく「あのときのわたぼうし」と同  じなはずです。「いのちの流れ」に在る作者にとって…。これは次のよ  うな詩句からも明らかです。  ふるさとの川は今も流れている  心の小川はこの小川となり  この流れはいま静かに  私の小川となってゆく  (「ふるさとの川」)   「ふるさとの小川」が「いま静かに私の小川となってゆく」ことに立  ち合っている次元は、日常の時間を越えている。私は「時のそと」とい  う言い方をしたいと思いますが、この「時のそと」は、いのちの流れの  世界であり、神の眼差しを浴びる世界なのかも知れません。  母君を歌われた詩として、他に『山ゆり』『おふくろよ』があります  が、『山ゆり』では、終戦直後の貧しかった頃、買い出しに出かけた母  が山路で見つけた山ゆりを手折ってきたエピソードを語っています。  心打たれたに違いない  おなかいっぱい  家族に食べさせるため  着物と取り換えてきた  白米よりも  山ゆりの方が 母には  きっと大切だったに違いない  あの山ゆりの透きとおる白   仄かなかおり   いま  優しかった  リュック姿の   母が見える   (「山ゆり」)  前述のように、著者は地震の被災体験を契機として詩作を再開されま  した。そして揺れる心を正す磁石を探るかのごとく、生々しい悲憤慨嘆  の詩を書き、イエスに問い、八木重吉を慕い、仮住まいの三田の山路で  「幻の白いきのこ」に出会っています。そして、この第二詩集に至って  「ちさな心の揺れ」をうべなう詩境を展開しています。私には、その詩  境の底にこの山ゆりが咲き匂っていると思えてなりません。生意気です  が、この詩を通して「優しかった母」が手折ってきてくれた「山ゆり」  に再び出会うことで、作者の詩の視点がきわまったのでは思います。言  うまでもなく、山ゆりはパン以外のもの、魂のごちそう、さらには「時  のそと」の「詩」の象徴となっています。
 ※この田中敏弘詩集については、私のメールアドレスまでお問合せください。    お譲りします。

                   

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